情報流通プラットフォーム対処法の背景と制度
1.なぜ今、法改正されたのか(背景と目的)
SNSや匿名掲示板における誹謗中傷・プライバシー侵害の相談件数は急増しており、2023年には6,400件を超えて過去最多となりました。こうした問題への対応として、2002年に「プロバイダ責任制限法(正式名称:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)」が制定され、一定の要件を満たすことで投稿削除や発信者情報開示を請求できる制度が整備されました。
しかし、同法では削除請求や開示請求に「2段階の裁判手続き(仮処分・訴訟)」が必要とされ、実務上の手続きが煩雑で時間もかかるという問題が長年指摘されてきました。実際、投稿が拡散された後に開示や削除が認められても、被害の回復には至らないケースが多く、制度としての実効性に課題が残っていたのです。
このような背景を踏まえ、被害者救済の迅速化とプラットフォーム運営の透明性を高めることを目的として、2024年5月17日に公布され、2025年4月1日に「情報流通プラットフォーム対処法(通称:情プラ法)」が成立しました。
2.大規模プラットフォーム事業者の指定基準
この法律は、総務大臣が指定する「特定情報発信者数の多い特定電気通信役務提供者」、すなわち大規模なSNSプラットフォーム等を対象としています。
具体的には、以下のいずれかに該当する事業者が指定の対象となります:
- 月間発信者数:平均1,000万人以上(国内)
- 年間発信者数:延べ200万人以上
2025年4月1日時点では、次のプラットフォームが対象として告示されています:
- X(旧Twitter)
- YouTube
- TikTok
- LINE
- 5ちゃんねる
指定を受けた企業は、申出対応窓口の整備や削除基準の公表、専門員の選任、申出への通知対応、年次報告など、複数の義務が課されます。
3.義務の構造と届出基準
義務項目 | 内容 |
---|---|
届出義務(第21条) | 指定後3か月以内に事業者情報を総務大臣に届け出なければなりません。変更時にも届出が必要です。 |
申出方法の公表義務(第22条) | 被害者が電子的に申出できるよう、通報窓口を設置し、その方法を公表しなければなりません。 |
侵害情報調査義務(第23条) | 通報を受けたら、遅滞なく調査を行い、削除の要否を判断する必要があります。 |
専門員の選任義務(第24条) | 法律・人権・ITに精通した「侵害情報調査専門員」を選任し、届け出る必要があります。 |
削除・停止基準の公表義務(第26条) | 投稿削除やアカウント停止の判断基準を整備し、公表する義務があります。 |
通知義務(第25・27条) | 申出に対して、対応の有無とその理由を14日以内に通知しなければなりません。 |
年次報告義務(第28条) | 対応件数や削除実績などの情報を年次で報告・公開する必要があります。 |
4.制度違反に対する罰則規定
義務違反があった場合、次のような行政処分や罰則が適用されます。
- 総務大臣からの勧告(第30条)
- 業務改善命令(第30条2項)
- 命令違反時の罰則:法人は1億円以下の罰金、個人は懲役1年以下または罰金100万円以下
- 届出義務違反や虚偽報告:50万円以下の罰金
5.総務省のガイドラインと実務運用
総務省は法運用の実効性を高めるため、次のようなガイドラインを公表しています:
- 被害申出用の標準様式(電子・書面)
- 人権侵害情報の判断基準
- 専門員の資格要件と研修制度
- 削除判断フロー図や通知文のテンプレート
- 記録保存・対応遅延の評価・監査体制に関する指針
これにより、従来は事業者ごとに任意で整備されていた対応体制が、国家基準に基づいたものへと統一されていきます。
6.実務へのインパクトと展望
被害者側の変化
- 削除申出に対する対応が迅速化され、14日以内の通知義務があるため、放置や無視のリスクが低減されます。
プラットフォーム側の対応負荷
- 通報窓口の設置、判断基準の整備、年次報告の作成など、社内対応体制の再構築が必要になります。
中小・中堅事業者への波及
- 法適用の対象外であっても、大手の対応基準を参照し、自社のSNS運用リスク管理を見直す動きが広がると考えられます。
【おわりに】
2024年の情プラ法改正、そして2022年の侮辱罪の厳罰化は、SNS上の匿名誹謗中傷に対し、国が明確な対抗措置を制度化した大きな一歩です。
しかし、制度が整ったからといって自動的に救われるわけではありません。声を上げ、証拠を押さえ、法的手続きを冷静かつ戦略的に進める力が、いま求められています。
ディフェンス・カンパニーは、これら複雑かつ高度な制度を、企業や個人が実際に使いこなせるよう、警察OB・法務・ITの三位一体で支援いたします。
そして何より、困っている人が手を差し伸べてきたときに、私たちは決して見て見ぬふりをしません。
【ディフェンス・カンパニーの格言】
誹謗という攻撃には、法という報復で必ず決着をつける。
加害者が放った中傷に対して、被害者が法と正義をもって確実に制裁を加えるという、攻守逆転の戦略思想を体現したものです。
※本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、個別案件については専門家による助言が必要です。
ディフェンス・カンパニーは、困っている人、企業、社会に手を差し伸べる存在であり続けます。