経理担当者が会社の金を盗む手口と証拠固めの実務
【現実に起きている事案と背景】
2022年、大阪市内の老舗製造業で、経理担当の女性社員が約8年間にわたり総額3億円を横領していたことが発覚しました。手口は巧妙でした。取引先への支払いを装って会社名義の口座から自分の口座へ送金し、帳簿上は「外注費」として処理。社長や税理士のチェックをすり抜け続けていたのです。発覚のきっかけは、たまたま社長が銀行の残高を確認した際、帳簿と数百万円のズレがあることに気づいたことでした。
調査の結果、彼女は横領した金で高級ブランド品を買い漁り、SNSに投稿していました。会社の金で贅沢三昧をしながら、表向きは「真面目な経理担当」を演じていたのです。
こうした社内横領事件は、決して珍しいものではありません。中小企業庁の調査によれば、従業員による不正の約6割が「経理・会計担当者」によるものであり、発覚までの平均期間は約3年とされています。つまり、多くの企業が「気づかないうちに盗まれ続けている」のが現実なのです。
私はこれまで、数多くの企業内部の横領事件に関わってきました。被害額は数十万円から数億円まで様々ですが、共通しているのは「信頼していた社員に裏切られた」という経営者の深い傷です。そして、多くの経営者が「どうすれば犯人を追い詰められるのか」「証拠をどう集めればいいのか」と途方に暮れています。
【問題の本質についての分析】
社内横領の本質は、「信頼の悪用」です。
経理担当者は、会社の金を扱う立場にあります。小切手を切る、振込を行う、現金を管理する。これらの業務は、経営者からの全面的な信頼がなければ成り立ちません。しかし、その信頼を逆手に取り、自分の懐を肥やす者が存在するのです。
私が警察にいた頃、横領事件の捜査で学んだことがあります。それは、「横領犯は必ず痕跡を残す」ということです。
どんなに巧妙に帳簿を操作しても、実際の金の流れ、銀行口座の記録、領収書の不自然さ、生活レベルの変化。必ずどこかに矛盾が生じます。その矛盾を見つけ出し、証拠として積み上げることが、横領犯を追い詰める第一歩なのです。
また、横領が長期間にわたって発覚しない背景には、企業側の「チェック体制の甘さ」があります。多くの中小企業では、経理担当者に業務が集中し、社長や他の社員が帳簿をチェックする機会がほとんどありません。「信頼しているから任せている」という姿勢は美徳ですが、それが不正を生む温床にもなるのです。
警察の立場から見ても、横領事件は証拠が揃っていれば立件は容易です。しかし、多くの企業は「証拠が不十分」な段階で相談に来られます。銀行口座の記録を取っていない、帳簿の控えがない、領収書が残っていない。これでは、刑事告訴も民事訴訟も難しくなります。だからこそ、「発覚した瞬間から、証拠固めを始める」ことが決定的に重要なのです。
【ディフェンス・カンパニーが提供する解決策】
○ 不正の兆候を見逃さない「日常的な異常検知」
横領は、ある日突然始まるものではありません。必ず予兆があります。たとえば、経理担当者が突然ブランド品を持ち始めた、高級車に乗り換えた、海外旅行に頻繁に行くようになった。こうした生活レベルの変化は、横領の兆候である可能性があります。また、帳簿上でも、特定の経費科目だけが異常に増えている、取引先への支払いが不自然に多い、現金出納帳と実際の残高が合わない。こうした異常を見逃さないことが、早期発見の鍵です。私たちは、企業の財務データを精査し、数字の裏に隠れた異常を洗い出します。
○ 銀行口座の入出金記録と帳簿の「完全突合」
横領を立証する最も強力な証拠は、銀行口座の記録です。会社名義の口座から不審な振込があれば、その振込先を徹底的に追跡します。振込先が個人口座であれば、その口座名義人を特定し、経理担当者との関係を調査します。また、帳簿上の「支払い」と実際の振込先が一致しているかを、一件一件突合します。これは、警察の捜査で使う「裏付け捜査」と同じ手法です。私たちは、膨大な取引記録の中から、不正の証拠を一つ一つ積み上げていきます。
○ 領収書・請求書の真贋鑑定と「架空経費」の暴露
横領犯の多くは、架空の経費を計上して金を引き出します。たとえば、存在しない取引先への支払い、水増しした外注費、偽造された領収書。こうした不正を見抜くには、領収書や請求書の真贋を鑑定する必要があります。私たちは、取引先に直接連絡を取り、実際に取引があったのか、金額は正しいのかを確認します。また、領収書の筆跡、印鑑の真贋、用紙の種類なども精査します。偽造された領収書は、必ず不自然な点があります。
○ 現金出納帳と実際の現金残高の「毎日照合」体制の構築
現金を扱う企業では、現金出納帳と実際の金庫の残高を毎日照合することが不可欠です。しかし、多くの企業では、この照合が形骸化しています。経理担当者が一人で記帳し、一人で現金を管理していれば、いくらでも抜き取ることができます。私たちは、現金管理の「ダブルチェック体制」を構築します。記帳する人と現金を管理する人を分け、毎日必ず第三者が照合する。この体制を徹底することで、現金の横領を防ぎます。
○ 社内調査の「法的適法性」を担保した証拠収集
横領の疑いがある社員を調査する際、注意しなければならないのは「違法な証拠収集」です。たとえば、本人の同意なくパソコンを勝手に調べる、ロッカーを無断で開ける、私物のスマホを覗く。こうした行為は、プライバシー侵犯として逆に企業が訴えられるリスクがあります。私たちは、就業規則に基づき、適法な範囲で証拠を収集します。たとえば、会社のパソコンは「業務用」であり、就業規則に「業務用機器の点検」が明記されていれば、調査は適法です。また、調査の際には必ず複数人で立ち会い、調査内容を記録に残します。
○ 横領犯への「事情聴取」―自白を引き出す技術
横領の証拠が揃った段階で、本人に事情を聴取します。ここで重要なのは、「追及」ではなく「確認」という姿勢です。いきなり「お前が横領しただろう」と詰め寄っても、相手は否認するか黙秘します。私が警察時代に培った取り調べの技術は、「相手に逃げ道を与えない証拠の提示」です。たとえば、「この振込は何ですか?」「この領収書は誰が作りましたか?」と、一つ一つ証拠を突きつけていきます。そして、相手が言い訳をするたびに、矛盾を指摘します。最終的に、相手が「もう隠しきれない」と観念した時、自白が得られます。この聴取内容は、必ず録音し、書面に残します。
○ 刑事告訴と民事訴訟の「両輪戦略」
横領が確定した場合、企業は刑事告訴と民事訴訟の両方を検討すべきです。刑事告訴は、警察に被害を届け出て、犯人を刑事罰に問うものです。業務上横領罪(刑法253条)は、10年以下の懲役という重い刑罰が科されます。一方、民事訴訟は、横領された金額の返還を求めるものです。刑事と民事は別々の手続きですが、刑事で有罪判決が出れば、民事での立証が容易になります。私たちは、刑事告訴の準備(告訴状の作成、証拠の整理、警察への説明)と、民事訴訟の準備(訴状の作成、損害額の算定、強制執行の準備)を並行して進めます。
○ 横領犯の「財産隠し」を見抜く調査と差押え
横領犯の多くは、発覚を察知すると財産を隠します。預金口座を解約して現金化する、不動産を親族名義に変える、高額な品物を質屋に売る。こうした財産隠しを防ぐには、スピードが勝負です。私たちは、横領が発覚した段階で、直ちに相手の財産を調査します。不動産登記、自動車登録、預金口座の有無。これらを可能な限り早く把握し、民事保全(仮差押え)の手続きを取ります。仮差押えが認められれば、相手は財産を処分できなくなります。
○ 税務リスクの洗い出し―横領は「所得」として課税される
横領した金は、犯人にとって「所得」とみなされ、所得税が課税されます。つまり、横領犯は刑事罰だけでなく、多額の税金も支払わなければなりません。また、企業側も、横領された金額を「損金」として処理できるかどうか、税務上の取扱いを確認する必要があります。私たちは、顧問税理士と連携し、税務リスクを最小限に抑える処理方法を提案します。
○ 再発防止のための「内部統制システム」の再構築
横領事件が発生した企業は、必ず内部統制に欠陥があります。経理担当者に権限が集中していた、チェック体制がなかった、社長が帳簿を見ていなかった――こうした欠陥を放置すれば、第二、第三の横領犯が生まれます。私たちは、経理業務の分担(記帳する人と承認する人を分ける)、定期的な内部監査、銀行口座の定期照合、経費精算のダブルチェックなど、実効性のある内部統制システムを構築します。
○ 従業員への「不正防止教育」と倫理観の醸成
横領を防ぐには、システムだけでなく、従業員の倫理観も重要です。私たちは、従業員に対して、横領がどれほど重い犯罪であるか、刑事罰のリスク、民事での損害賠償、社会的信用の失墜、家族への影響などを具体的に伝える研修を実施します。また、「困ったことがあれば相談してほしい」という相談窓口を設け、従業員が追い詰められて不正に走らないような環境を整えます。
○ 横領犯の「心理」を読む―なぜ手を染めたのか
横領犯の多くは、最初から悪人だったわけではありません。生活苦、ギャンブル依存、家族の病気、見栄。様々な理由で、ほんの出来心から始まります。しかし、一度手を染めると、後戻りできなくなります。私たちは、横領犯の心理を理解した上で、再発防止策を提案します。たとえば、従業員の経済状況をさりげなく把握する、相談しやすい職場環境を作る、給与の前払い制度を設ける。こうした配慮が、不正の芽を摘むことにつながります。
【法的根拠と解説】~当社顧問弁護士の見解
○ 業務上横領罪(刑法253条)―10年以下の懲役という重罰
刑法253条は、「業務上自己の占有する他人の物を横領した者は、10年以下の懲役に処する」と規定しています。ここでいう「業務上」とは、経理担当者のように、業務として会社の金銭を管理する立場にあることを指します。単純横領罪(刑法252条、5年以下の懲役)よりも刑が重いのは、信頼関係を悪用した点が悪質とみなされるためです。実際、大阪地裁平成29年3月17日判決では、経理担当者が約1億2000万円を横領した事案で、懲役6年の実刑判決が言い渡されました。裁判所は「会社からの信頼を裏切り、長期間にわたり計画的に横領を続けた悪質性」を指摘しています。この判例が示すのは、横領は決して「民事で返せば済む話」ではなく、刑務所行きになる重大犯罪だということです。
○ 不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)―全額返還プラス損害金
民法709条は、「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」と規定しています。横領は明らかに故意の不法行為ですから、被害企業は横領額の全額返還に加え、遅延損害金(年3%または年5%)、弁護士費用、調査費用なども請求できます。東京地裁平成26年9月30日判決では、従業員が約3000万円を横領した事案で、元本に加えて遅延損害金約500万円の支払いが命じられました。また、横領が発覚するまでの調査費用、弁護士費用も「相当因果関係のある損害」として認められる場合があります。
○ 使用者責任の免責と求償権(民法715条)―会社は第三者に責任を負うが、犯人には全額請求できる
横領が取引先や顧客に損害を与えた場合、会社が使用者責任(民法715条)を問われることがあります。しかし、会社が第三者に賠償した場合でも、実際に横領を行った従業員に対して「求償権」を行使し、全額を請求できます(民法715条3項)。つまり、会社は対外的には責任を負いますが、最終的な負担は犯人に転嫁できるのです。ただし、犯人に資力がなければ回収は困難ですので、後述する財産保全措置が重要になります。
○ 刑事告訴の実務―告訴状の書き方と警察対応
業務上横領罪で刑事告訴する場合、告訴状には以下の事項を明記します。(1)被害企業の名称・代表者、(2)被告訴人(犯人)の氏名・住所、(3)横領の日時・場所・方法、(4)被害額、(5)証拠の概要。証拠としては、銀行口座の取引明細、帳簿のコピー、偽造された領収書、犯人の自白を録音した音声データなどを添付します。告訴を受けた警察は、証拠が十分であれば捜査を開始し、犯人を逮捕・送検します。ただし、警察は「証拠が揃っていないと動かない」のが現実です。だからこそ、企業側で事前に証拠を固めておくことが決定的に重要なのです。
○ 民事保全(仮差押え)―犯人の財産を逃がさない
横領犯が財産を隠す前に、裁判所に「仮差押え」を申し立てることができます。民事保全法に基づき、犯人の預金口座、不動産、給与、自動車などを仮に差し押さえる手続きです。仮差押えが認められるには、(1)被保全権利(横領による損害賠償請求権)の存在、(2)保全の必要性(財産を隠すおそれ)を疎明(一応の証拠提示)する必要があります。裁判所が認めれば、犯人は財産を処分できなくなります。その後、本訴訟(損害賠償請求訴訟)で勝訴判決を得れば、仮差押えした財産から優先的に回収できます。スピードが勝負ですので、横領発覚後、直ちに弁護士に相談し、仮差押えの準備を進めるべきです。
○ 懲戒解雇と退職金の不支給・返還請求
横領が確定した従業員は、懲戒解雇の対象となります。労働契約法15条、就業規則に基づき、即時解雇が可能です。また、退職金規程に「懲戒解雇の場合は退職金を支給しない」との条項があれば、退職金の不支給も適法です。さらに、すでに退職金を支払っている場合でも、横領額が退職金を上回る場合、退職金の返還を請求できます。最高裁昭和52年8月9日判決は、「退職金は功労報酬的性格を有するが、著しく信頼関係を破壊した場合、不支給または減額が許される」と判示しています。
○ 横領金の所得税課税―犯人は税金も払わされる
横領した金銭は、所得税法上「一時所得」または「雑所得」として課税対象になります。国税庁の見解によれば、「不法な所得であっても課税の対象」とされています。したがって、横領犯は刑事罰を受けるだけでなく、横領額に対する所得税(最高税率45%+住民税10%=合計55%)も支払わなければなりません。たとえば、1億円を横領した場合、約5500万円の税金が課されます。さらに、無申告加算税、延滞税も加算されます。これは、犯人にとって二重三重の打撃となります。
○ 第三者(家族・恋人)への贈与と詐害行為取消権(民法424条)
横領犯が、家族や恋人に財産を贈与して隠そうとする場合、会社は「詐害行為取消権」(民法424条)を行使できます。これは、債務者(犯人)が債権者(会社)を害することを知って財産を処分した場合、その行為を取り消すことができる制度です。たとえば、犯人が妻名義で不動産を購入した場合、会社はその不動産購入を取り消し、犯人の財産として差し押さえることができます。東京地裁平成24年7月19日判決では、横領犯が愛人に現金を贈与した行為が詐害行為として取り消され、会社への返還が命じられました。
○ 共犯者の責任追及―取引先や税理士が加担していた場合
横領が取引先や税理士などの第三者と共謀して行われた場合、共犯者にも刑事・民事の両面で責任を追及できます。刑事では、業務上横領罪の共同正犯(刑法60条)または幇助犯(刑法62条)として処罰されます。民事では、共同不法行為(民法719条)として、連帯して損害賠償責任を負います。つまり、犯人だけでなく、加担した第三者からも全額回収できるのです。これにより、回収可能性が高まります。
○ 実務への落とし込み―規程・体制整備・研修の三位一体
横領を防ぐには、就業規則・経理規程の整備、内部統制システムの構築、従業員研修の実施が不可欠です。具体的には、(1)就業規則に「業務上横領は懲戒解雇」と明記、(2)経理規程で「支払いは複数人の承認が必要」と定める、(3)内部監査部門を設置し、定期的に帳簿と実際の残高を照合、(4)全従業員に対して「横領の刑事リスク」を教育する研修を実施――これらを組み合わせることで、横領の発生を大幅に減らすことができます。私たちは、規程のひな型提供だけでなく、実際の運用支援、従業員研修のカリキュラム作成まで、一貫してサポートします。
【おわりに】
横領は、「お金の問題」ではありません。それは、信頼の裏切りであり、人間関係の破壊であり、企業の存続を脅かす重大犯罪です。
私が警察にいた頃、横領事件の被害者である経営者の方々と何度も話をしました。皆さん、口を揃えてこう言われます。
「まさか、あの社員が……」
「あんなに真面目だったのに……」
「信じていたのに……」
その言葉の裏には、深い失望と怒りと悲しみがありました。しかし同時に、「自分にも責任がある」という自責の念も感じておられました。もっと早く気づいていれば、もっとチェック体制を整えていれば、もっと社員の様子に目を配っていれば・・そんな後悔の念です。
横領を防ぐ最大の武器は、「疑うこと」ではありません。「確認すること」です。
帳簿と実際の残高を確認する。銀行口座の動きを確認する。領収書の真贋を確認する。従業員の生活レベルの変化を確認する。そして、何か異常を感じたら、すぐに専門家に相談する。この「確認の習慣」こそが、企業を守るのです。
もし、あなたの会社で「何かおかしい」と感じることがあれば、それは見過ごしてはいけないサインです。早期に手を打てば、被害は最小限に抑えられます。証拠を固め、法的措置を取り、再発を防ぐ。その一連のプロセスを、私たちは全力でサポートします。
横領犯を追い詰めることは、決して「復讐」ではありません。それは、「正義を貫くこと」であり、「他の従業員を守ること」であり、「企業の未来を守ること」なのです。
ディフェンス・カンパニーは、困っている人、企業、社会に手を差し伸べる存在であり続けます。
【ご相談はこちら】
ディフェンス・カンパニーへご相談されたい方は下記のアドレスをクリックして下さい。
ご相談は無料です。
https://www.defense-co.com/ask/
【ディフェンス・カンパニーの格言】
数字は嘘をつく。しかし、証拠は嘘をつかない
横領犯がどれほど巧妙に帳簿を操作しても、銀行口座の記録、領収書の不自然さ、生活レベルの変化。現場の証拠は決して嘘をつきません。警察の捜査現場で学んだ「証拠主義」の精神は、企業の不正調査にもそのまま応用できます。数字だけを見ていては真実は見えません。現場に足を運び、証拠を一つ一つ積み上げることで、必ず真実にたどり着けるのです。この格言は、横領捜査の本質を表しています。
※本記事は、危機管理コンサルタントとしての見解を示したものであり、法的助言や法律事務の提供を目的とするものではありません。法的判断が必要な場合は、当社の顧問弁護士をご紹介させていただくことも可能ですので、お気軽にご相談ください。